別れの準備
さて、2ヶ月を共に過ごしたアレクシとも、そろそろ別れの時が近づいてきた。
心残りは、豆ごはん。そして、ローストチキン。
和食好きなアレクシに、どうしても豆ごはんを食べさせたい娘。最初の頃に、いつかローストチキンを焼くね、と約束した私。
週末にフランスに帰ってしまう前に、シェアメイト全員でごはんを食べたい。
アレクシと一緒にフランスに帰ってしまうレオ、そして私たちより1週間長くいるアイヴァン(スイスから)に予定を聞いて、木曜日に決めた。
水曜日は豆とトマトと卵とレタスを買い、残った生姜ごはんでエビチャーハンに。家にいたアレクシに聞いたら食べるというので、月曜日からずっと一緒にごはんを食べることに。
イマイチだった生姜ごはんも、チャーハンにしたら生まれ変わった。
そして木曜日、午後出かけるのはやめてゆっくりランチをとる。
サンディコーヴ駅の近くにあるイタリアン・レストラン“Carlluchio’s”。学校が始まったばかりの頃、何度ここのランチで救われたことだろう。
食べ納めのカルボナーラ、デザートにはアフォガートを頼んで、贅沢の極み。でも、最後だからいいよね、と言い訳しつつ。
Punnetで果物を買い、お肉屋さんでチキンを買って、海をしばらく眺めた。
海は広いな 大きいな♫
と歌い出したくなる青い海。
少し白い水色が、時間とともに群青色へと変わっていく。
散歩する犬たちはリードなし。飼い主の顔を見ながら、気ままに歩いている。
1匹の犬を見ていると、飼い主より先に海のほうへ歩いていって、待っている。
シルバーグレイの男性が石をつかんで投げてやると、さっと追いかけていって、海に顔を突っ込んで咥えて戻ってきた。
そして、また「投げて」と尻尾をふって待っている。
ダブリン市内のアパートに住む予定を、ギリギリになってダン・レアリーのシェアハウスに変更して、本当によかった。
帰ってからチキンをお風呂に入れて、塩コショウ、ニンニク、ハーブをこすりつける。
その間に米を綺麗に研いで、豆をサヤから出して、豆ごはんの用意。
グラタン・ドフィノワのジャガイモも、リンゴとセロリのサラダも、娘が率先して下拵え。
さすがに言い出しっぺ、珍しく甲斐甲斐しく働く娘。
いつもこのくらい動いてくれるといいのに。
気がつくと8時。お腹を空かせたボーイズがキッチンにやってきて、できたものから階下の大家さんの部屋(大抵は不在)に運んでくれた。
5人で囲む初めての、そして最後の食卓。
「グラタン・ドフィノワ、こんなに美味しくできたら、母が嫉妬するな」とアレクシ。
ドフィノワってどういう意味なんだろう、とずっと思っていたけれど、実はアレクシの故郷の名前だった。
勢いよくごはんを食べるボーイズに混ざって食べ負けない娘は、まるで昭和の下宿屋の娘のよう。
最後はアレクシとチキン争奪戦を繰り広げ、勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。