レイタウンの海岸競馬
馬が走るのを見るのが単純に好きだ。
清く気高く、永遠で刹那。ただ、走っている姿に胸打たれる。
アイルランドでは、年に一度だけ、海岸を走るレースがあると言う。
イメージしただけで涙が出そう。海と馬。それだけで絵になりすぎるじゃないか。
というわけで、行ってきました、Laytown Strand Races。
授業が終わってDARTに乗って、コノリー駅で乗り換えて50分。英国支配を決定的にした古戦場の舞台として知られるドロヘダの手前のひなびた駅、レイタウンへ。
中年男性もおめかししたレディも、杖をついた紳士も子どもたちも、みんなが海岸目指して歩き出す。
道沿いにあるパブは大繁盛。みんな手に手にギネスやラガーを持って、大きな声でお喋りしている。
なんか食べたいと言う娘を、会場にはスナック類があるはずだから、と宥め、とにかく海岸へと急ぐ。
設営の様子も見るといい、と松井ゆみ子さん(写真家で料理家。かつて週刊新潮のグラビアにこのレースの写真が掲載されたそうだ)が教えてくれたので、一刻も早く海岸に着かなくちゃ。
10分くらい歩くと綺麗な砂浜が見えてきて、波打ち際に見えるのは、おおっ、馬だ。
脚馴らしだろうか、ゆっくり散歩している風情で、弾んだ調子で楽しそうに歩いている。
イメージ通り。一枚の絵のようだ。っていうか、絵より実物のほうがいいけれど。とても写真には収められない透明感。
しばらく眺めて海側から会場へとゲートをくぐる。一般€10、学生€6。学生証を用意していたけど、全くチェックされなかった。
会場にはコーヒー&ドーナツ、ハンバーガー、フィッシュ&チップス、アイリッシュ・フード、ギネスはじめビールの屋台(というか車)が並んでいて、開場後間もないのでオープンしたばかり。
ハーフパイントのアイリッシュ・ラガーとカレーチップス(ポテトフライにカレーソースをかけてくれる)を注文。娘はハンバーガーを注文してやっと落ち着いた模様。
レースは全部で6レース、最初のレースの出走が17時5分。会場には馬券屋さんがたくさんいて、大きながま口に現金がそのまま詰まって出し入れしている。
馬券屋さんによってオッズが違い、時間とともに刻々と変わっていくのも面白い。
賭けるというよりは、単純に海辺を走る馬を見にきたつもりだったけれど、やっぱり競馬は馬券を買ってこそ。
1レース、My Good Brotherというアイルランドの馬を€3だけ買った。
小型の競馬新聞みたいなブックレット(€3)片手に、女性の券売人からプリントしたての券をもらうと、気分はすっかり30年以上前にフィードバック。府中というより、中山競馬場の雰囲気だ。
アイルランドの競馬はJRAのような独占企業があるわけではなく、その土地その土地で独自に経営されているそうで、馬券屋さんも自主経営のよう。買っている人も、大枚つぎ込むというよりは小銭で夢を買っているような雰囲気(アイルランドにはボーナスがないそうだ)。
そのうち、海側に人が集まり始めて、最初のレースがスタート。
スタート地点は見えないくらい遠く、走ってくる馬は近づいてからようやく順位が判明する。私が賭けた馬は、惜しくも2着。でも、海をバックに走ってくる姿は、詩的な美しさだ。
子どもたちは海を見下ろす坂状になった草むらで転がったり側転したり。
大人はひたすらビールを飲んでお喋りして馬券を買って。
砂浜に下りて、レースを目の前で見ることもできる。近すぎて、どの馬が勝ったのか全く判別できないのが難点だけれど、ここまで間近に走り抜ける馬を見る機会は滅多にないんじゃないだろうか。
結局、2レース以降もちょこちょこ買って、5レースまで完敗。小銭とはいえ、現金の出費は痛い。少しでも取り返したくて、最後のレースくらい買ってみたら? と娘に勧め、娘は50倍になる馬と3倍にしかならない一番人気の馬を2枚購入。私は4番人気と一番人気のない馬を2枚。
19時35分出走の最終レースは一番人気のMonteverdiが入って、初めて馬券を買い、払い戻しを受けた娘は余裕の笑顔。うらやましい。
レースが終わって駅へと歩きながら、オケラ街道(中山競馬場から西船橋駅へと歩く道)をふと思い出し、絶対勝てない買い方しかしなかった友人のことを思い出した。
手堅く勝っていく買い方と、負けても夢が見たい買い方と。
馬券の買い方は生き方と似ているけれど、その友人はたくさん回り道をしながら、いまは二人の娘の父親で、ちゃんとサラリーマンをやっている。
人生は予想が当たらないから面白いのだ。競馬と同じで。
「その外れ馬券でどれほど美味しいごはんが食べられたと思うの?」と責める娘に、凄いステージを観たと思えばこのくらい……と言い訳しながらDARTの駅へと急いだ。