55歳からのアイルランド留学日記

3ヵ月、ダブリン郊外の語学学校に通いつつ、ケルトの風に吹かれてくるよ〜

女子会で“CHA-CHA-CHA!”

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さて、別れの時期が迫ってきて、アンジェラやアナンダ(二人ともコロンビアからの留学生でクラスメイト)と過ごせるのもあと数日。

二人にジャパニーズ・フードを食べさせたいなぁ。とくに天ぷらとお好みソース味の焼うどん。
極小キッチンだけれど家に来てもらうか……と二人に予定を聞いたら、今日がいいということで朝から準備。
米を丁寧に研いで水に浸して、冷凍しておいた海老も冷蔵庫に移して、かき揚げ用の野菜も切って。
アンジェラはベジタリアンだから、メニューは野菜中心に。
・精進揚げ、時々海老天ぷら
・焼うどん(味付けはお好みソースと醤油)
・手巻き寿司(アボカド、きゅうり、卵焼き、梅、レタス)
・グラタン・ドフィノワ(フレンチ・ボーイズが残していったポテトが大量にあるから!)

 

学校では、クラスメイトのアドリアーノ(ブラジルからの長期滞在の留学生。本気で移住を考えていて、毎日働いている)が上機嫌。今日はオフで、“MUSASHI”というジャパニーズ・レストランに行くそうだ。サーモンにクリームチーズ、アボカドと海老、大好きなんだと嬉しそうに話してくれる。

経営はブラジルの人がやっていて、日本とブラジル、どちらのフードも食べられるのだとか。

いつも仕事で疲れているアドリアーノが元気だと、こちらまで嬉しくなる。

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17時に授業が終わって、急いで買い物。

まず、いつもの店で生クリームとミルクを買う。最後だろうから、写真も撮らせてもらって。

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そして、Punnet(オーガニックの八百屋さん)へ。

アスパラを発見。ラッキー。ジャンボマッシュルームも美味しそう。

娘は目をギラギラさせて果物を物色。

りんご(Pink Lady)とプラム、ドーナツ型の桃にシャインマスカット、ブルーベリー……。
あと数日、そんなに食べられないよ、といくつか諦めさせようとするが、「絶対食べる」と譲らない娘。

大きな買い物袋を下げて「果物をたくさん買うって幸せだよね」と。

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このキッチンでみんなにごはんをつくるのも最後だろう。

それにしても、電熱ヒーター(電気コンロ?)と小さなまな板しかないキッチンは使いにくい。狭くて動線も悪いので、ついつい娘にあたる。
「ちゃかちゃか働いてね。あなたが言い出しっぺなんだからね」
「え? 違うよ、今日は。だから手伝うつもりでいたんだけど」
「違うでしょ。もともとあなたがアンジェラにかき揚げや焼うどんを食べさせたいって言うから……」と狭いキッチンが余計に狭くなるやり取り。
ああ、クリスマスの朝を思い出す。友人を誘っておいて、当日はピリピリ。動きの鈍い娘に苛立ちが高じるいつものパターン。

と言っている間に19時。玄関にノックの音がして、アンジェラとアナンダがアイスクリームを片手にやってきた。


天ぷらは揚げている最中だったけど、グラタンはオーブンの中、酢飯と焼うどんは出来ている。
「いい匂い」とアンジェラ。
シェアメイトのアイヴァンは出かけるというので、階下には移動せず、4人でキッチン・テーブルを囲むことに。
初めての女子会だ!

 

女子はよく食べ、よく喋り、よく笑う。
アンジェラはアスパラとマッシュルームの天ぷらが気に入ったようで、ずーっと食べ続け、アナンダも海老天や手巻き寿司をパクパク。娘に至っては推して知るべし。
テーブルに載り切らないから、ゲームのようにお皿を移動させつつ、ひたすら食べ、たわいもない会話をし、バカ笑い。ボーイズのノリとは全然違う華やかさ。
二人とも音楽好きで、音楽が止まるとすぐに「次!」とリクエスト。
そのうち、日本vsコロンビアの音楽対決になり、お互いのオススメ曲をかける。コロンビアの音楽はもちろんラテン・ミュージック、リズムがとにかく心地好い。
サルサやチャチャとラップがミックスしたような曲をかけてくれて、二人のガールズは一緒に歌い、上半身でダンス(もっと広ければ踊れたのだろう)。
美しいコロンビアの大自然とヴィヴィッドなファッションに身を包んだ歌姫のPVは、ヨーロッパとはまるで違ってファンタスティック。

 

はっと思い出して、あの曲を探す。
あった、石井明美の「CHA-CHA-CHA」。1986年の大ヒット曲で、明石家さんま大竹しのぶが結婚するきっかけになった「男女7人夏物語」の主題歌。
TV局のスタジオで歌う彼女とバック・ダンサーはいかにも時代を感じさせるが、曲は全然古びていない。
二人とも“Oh!Japanese CHA-CHA!” と映像に釘付け。
時々カメラに映されるオジさんの手拍子にアンジェラは大笑い。全然知らない娘は石井明美の肩パッドが目立つ衣装に「古いね」とクールなコメント。
ああ、この頃、私は必死で働いていたな。肩パッドが強烈なゴルチェのジャケットは特攻服みたいなものだった……。
当時を懐かしんでいるヒマはない。天ぷらがなくなった。追加で揚げなくちゃ。

 

そのうち、アナンダと私、アンジェラと娘のチームに分かれてカラオケ対決に。
ボブ・ディランの“A Hard Rain’s A-Gonna Fall”、アデルの“Hello”にアヴリル・ラヴィーン……。
そういえば、子どもの頃、家に唯一あったレコードは父が好きな「ラ・クンパルシータ」だった。「知ってる?」と尋ねると、「もちろん!」とアンジェラ。
🎶CHA CHA CHA CHA 〜と歌い出す。
何ソレ、知らない、とアナンダ。
大笑いしながら夜は更けていく。ああ、このまま時間が過ぎなければいいのに。

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21時を回った頃、アナンダの叔母さんから(アナンダは17年前に移住した叔母さんの家に滞在している)迎えにきたという電話。
歩いて帰るから大丈夫、と断ったものの、少し経ってから「行かなくちゃ」と立ち上がるアナンダに、「さあ、片付けるよ」とアンジェラ。
上着を脱ぎ、髪を束ねて、いきなり仕事モード。「あなたはこれをオーガナイズして」とアナンダに指示を出し、自分は洗い物をキビキビこなす。
アイスや果物も食べ、抹茶も立てて、乙女たちが帰っていったのは23時を回ってから。
玄関を出て挨拶をして、二人は反対方向へと歩き出した。
え? 一緒に帰るんじゃなかったの?
箱入り娘のアナンダを心配しつつ見送りながら、颯爽と歩いていくアンジェラの後ろ姿を眺める。今夜も月が綺麗だ。

 

 

 

 

 

レイタウンの海岸競馬

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馬が走るのを見るのが単純に好きだ。
清く気高く、永遠で刹那。ただ、走っている姿に胸打たれる。
アイルランドでは、年に一度だけ、海岸を走るレースがあると言う。
イメージしただけで涙が出そう。海と馬。それだけで絵になりすぎるじゃないか。

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というわけで、行ってきました、Laytown Strand Races。
授業が終わってDARTに乗って、コノリー駅で乗り換えて50分。英国支配を決定的にした古戦場の舞台として知られるドロヘダの手前のひなびた駅、レイタウンへ。
中年男性もおめかししたレディも、杖をついた紳士も子どもたちも、みんなが海岸目指して歩き出す。
道沿いにあるパブは大繁盛。みんな手に手にギネスやラガーを持って、大きな声でお喋りしている。
なんか食べたいと言う娘を、会場にはスナック類があるはずだから、と宥め、とにかく海岸へと急ぐ。
設営の様子も見るといい、と松井ゆみ子さん(写真家で料理家。かつて週刊新潮のグラビアにこのレースの写真が掲載されたそうだ)が教えてくれたので、一刻も早く海岸に着かなくちゃ。

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10分くらい歩くと綺麗な砂浜が見えてきて、波打ち際に見えるのは、おおっ、馬だ。
脚馴らしだろうか、ゆっくり散歩している風情で、弾んだ調子で楽しそうに歩いている。
イメージ通り。一枚の絵のようだ。っていうか、絵より実物のほうがいいけれど。とても写真には収められない透明感。

 

しばらく眺めて海側から会場へとゲートをくぐる。一般€10、学生€6。学生証を用意していたけど、全くチェックされなかった。
会場にはコーヒー&ドーナツ、ハンバーガー、フィッシュ&チップス、アイリッシュ・フード、ギネスはじめビールの屋台(というか車)が並んでいて、開場後間もないのでオープンしたばかり。
ハーフパイントのアイリッシュ・ラガーとカレーチップス(ポテトフライにカレーソースをかけてくれる)を注文。娘はハンバーガーを注文してやっと落ち着いた模様。

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レースは全部で6レース、最初のレースの出走が17時5分。会場には馬券屋さんがたくさんいて、大きながま口に現金がそのまま詰まって出し入れしている。
馬券屋さんによってオッズが違い、時間とともに刻々と変わっていくのも面白い。
賭けるというよりは、単純に海辺を走る馬を見にきたつもりだったけれど、やっぱり競馬は馬券を買ってこそ。
1レース、My Good Brotherというアイルランドの馬を€3だけ買った。
小型の競馬新聞みたいなブックレット(€3)片手に、女性の券売人からプリントしたての券をもらうと、気分はすっかり30年以上前にフィードバック。府中というより、中山競馬場の雰囲気だ。

アイルランドの競馬はJRAのような独占企業があるわけではなく、その土地その土地で独自に経営されているそうで、馬券屋さんも自主経営のよう。買っている人も、大枚つぎ込むというよりは小銭で夢を買っているような雰囲気(アイルランドにはボーナスがないそうだ)。

 

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そのうち、海側に人が集まり始めて、最初のレースがスタート。
スタート地点は見えないくらい遠く、走ってくる馬は近づいてからようやく順位が判明する。私が賭けた馬は、惜しくも2着。でも、海をバックに走ってくる姿は、詩的な美しさだ。
子どもたちは海を見下ろす坂状になった草むらで転がったり側転したり。

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大人はひたすらビールを飲んでお喋りして馬券を買って。
砂浜に下りて、レースを目の前で見ることもできる。近すぎて、どの馬が勝ったのか全く判別できないのが難点だけれど、ここまで間近に走り抜ける馬を見る機会は滅多にないんじゃないだろうか。

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結局、2レース以降もちょこちょこ買って、5レースまで完敗。小銭とはいえ、現金の出費は痛い。少しでも取り返したくて、最後のレースくらい買ってみたら? と娘に勧め、娘は50倍になる馬と3倍にしかならない一番人気の馬を2枚購入。私は4番人気と一番人気のない馬を2枚。
19時35分出走の最終レースは一番人気のMonteverdiが入って、初めて馬券を買い、払い戻しを受けた娘は余裕の笑顔。うらやましい。

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レースが終わって駅へと歩きながら、オケラ街道(中山競馬場から西船橋駅へと歩く道)をふと思い出し、絶対勝てない買い方しかしなかった友人のことを思い出した。
手堅く勝っていく買い方と、負けても夢が見たい買い方と。
馬券の買い方は生き方と似ているけれど、その友人はたくさん回り道をしながら、いまは二人の娘の父親で、ちゃんとサラリーマンをやっている。
人生は予想が当たらないから面白いのだ。競馬と同じで。

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「その外れ馬券でどれほど美味しいごはんが食べられたと思うの?」と責める娘に、凄いステージを観たと思えばこのくらい……と言い訳しながらDARTの駅へと急いだ。

 

ファイナル・ウィークに突入。500万人の新入生がやって来た

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遂に学校は10週目に突入。
長いと思っていたけれど、途中から加速度がつき、後半戦の早かったこと。
9月に入ったことだし、新しいクラスメイトはいないだろう。最初の1週間、しっかり味わわなくちゃ。
と学校に入り、クラス編成の貼り紙を見ると、んんん? 娘が同じクラスに入っている。
「な、なんで〜〜?」と動揺する娘に統括教師のアンドリューがやってきて、娘のクラスは私たちのクラスに併合されたとのこと。
他の生徒が先週末で帰ってしまい、娘のクラスは一人になってしまったらしい。
「とにかく今日一日様子を見て、必要があればまた考えるから」とアンドリュー。どうも、スペインから大量の生徒を受け入れたらしく、部屋も教師も足りない模様。


「仕方ないよ。とにかく今日は先生もいないだろうから。私のクラスはアンジェラもいるし、大丈夫だよ」と娘を見ると、なんと目から大粒の涙。
そこへやってきたアンジェラ、「何が起こったの?」と目を丸くする。
不安なのはわかるけど、何も泣かなくても……。
アンジェラも背中を押してくれて、「絶対嫌だ」と言う娘をなんとかクラスへ。
仕方ないので、アンジェラと私でサンドイッチ。娘と席を並べる日がくるなんて、まさか思わなかった。
クラスには元気なイタリアン・ガールと、大人しそうなスパニッシュ・ガールが増えている。

ジェラルディン(先生)が言うには、今週は500万人のスパニッシュ・スチューデントが、来週は500万人のイタリアン・スチューデントがやってくるから、学校も大わらわなのだそうだ。


「それって……インヴェイジョン?」とアレッサンドロ(ちょっとふざけたイタリアン・ボーイ)。
確かに。人口450万人の国に500万人の留学生がやって来たら、“Invasion (侵攻)”だ。
ドニゴール出身のジェラルディンはmillion という言葉が大好き。どんなこともネガティヴに受け取らない大らかで素敵な女性だけれど、今日は朝9時から夜の9時まで授業があるそうで、さすがにウンザリしている様子。
今日は1コマ目も2コマ目もジェラルディンで、ジョンは総勢15人のスパニッシュ・スチューデントのクラスを受け持つとのこと。
ジェラルディンは娘のことを心配し、ゆっくり授業を進めてくれた。ペアも最初は二人で組んで、英語で会話。娘もなんとか気を取り直して頑張ったが、授業が終わるや、「やっぱり嫌だ、アンドリューに言いにいく」と息巻いている。

さすがに2コマ目が終わってからにしたほうがいいよ、と落ち着かせ、レオナルド・コーヒーを買いに行こうとクラスを出ると、ちょうどジョンが深刻な顔をしてやって来た。
「こんなのはクレイジー。君一人じゃなく、もう一人生徒を増やして、明日は前のクラスを復活させるから」
初日からずっと娘のクラスを担当し、気にかけていてくれたジョン。ありがたくて涙が出そう。でも、スパニッシュ・インヴェイジョンに一人立ち向かっているジョンはジョンで辛いのだろう。

 

なんとか2コマ目も終了し、晩ごはんはFish Shackのフィッシュ&チップス。
ストレスから解放された娘は胃が巨大化してどんなに食べてもお腹がいっぱいにならない様子。
私もホッと安堵のため息をつく。
貴重な最後の1週間を、娘と同じクラスで過ごさずにすんで本当によかった。だって、会話する必要なんてほとんどないからね。
ビールがいつも以上に美味しい月曜日の夕方。

お会計は、ビックリするほど高かった(>_<)

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博物館でアンジェラとデート

雨の日曜日。
珍しくアンジェラから娘に連絡があり、最後の週末、一緒にどこかへ行こうとの誘い。
私はいいから、二人で行って来なよ、と言うと、私のことも誘っているよ、と娘。
ありがたいクラスメイトの誘いに、二人してどこがいいか考える。
外を見ると木々の揺れ方がハンパなく、これでは外は無理。こんな日こそ、入場無料のナショナル・ミュージアムだ、と思いつく。

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アイルランドのナショナル・ミュージアムは4つあって、そのうちの2つ、Natural History(自然史館)とArchaeology(考古学館)へ。
日曜日は14時から17時までと開館時間が短いけれど、ちょうどいいだろう。
アンジェラはポニーテールに颯爽とブーツを履いて、いつも以上にカッコいい。自然史館の入り口にはオオヘラジカの骨格が展示され、アイルランドの鳥たちの剥製もたくさん。
ずっと気になっていたモノトーンの尾が長い鳥の名前が“MAGPIE”だとわかった。アンジェラも同じ鳥の名前を知りたがっていたようだ。

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昆虫の標本までしげしげと眺め、英語の説明を読むアンジェラ。
博物館は最初にゆっくりすると絶対全部回れなくなるのでスピードアップして次のフロアへ。獣たちの剥製の中ではアンテロープが凄い迫力。最後にあったゴリラ、チンパンジー、人間の骨の標本を見て、日本で見る骨格とあまりに違ってびっくり。
頭は小さく、背骨は太く真っ直ぐからだの中心を通り、肩は真横に開いていて、脚はハッキリと長い。
「これはどう見ても日本人じゃない」とアンジェラに説明しながら、ここに日本人の骨がわざわざ展示されているわけないじゃん、と自分でツッコミを入れる。

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考古学館は、まさに昨日見て来たタラのブローチなどが展示されていて、ぴったりのタイミング。精巧な彫りが施された金やブロンズの装飾品は、いまも変わらず目を奪うものがある。

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最後に入ったKingship &Sacrificeの展示は衝撃的で、Bog body(泥炭地で発見されたミイラ)の説明を読んでいると、人間という生きものの限りない闇の底に沈んでいくようで、胸が痛くなった。

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17時、閉館と同時に追い出され、スティーヴンズ・グリーンに面したバーで一服。
ピザとビール1パイント€10に目を奪われて入ったのだけど、日曜日の夕方、すでにキッチンは閉まっていて、最後のナチョスを出してくれた。
ベジタリアンのアンジェラだけど、いまは乳製品はOKなので、一緒につまめてよかった。

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アンジェラとはずっと話をしたいと思っていたので、コロンビアという国のこと、環境エンジニアという仕事のこと、ベジタリアンになった理由、家族のことなど、いろいろ尋ねた。

コロンビアはとても危険な国だと思われているけれど、それは情報の中のこと。暮らしている側はそんなに危険は感じていないし、内戦状態が続いていたこれまでとは違う。
でも、環境問題への意識は薄く、酷い森林伐採が続いている。
大学で学んでいるときは、同級生はみんな世界を変えるんだ、と夢を描いていたけれど、卒業すると社会の論理に巻き込まれてしまった。
アンジェラは海外で修士号を取りたくて英語の勉強をしに来ていて、アイルランドは風景も人間ももともと好きだった(アメリカも英国も好きじゃない)。
環境のことを考えてベジタリアンになって、いまはアニマル・ライツのことも考えている。
そのうち乳製品もやめるつもりで、ラブリーなお祖母さんとお母さん、お姉さんと一緒に暮らしている……。

地球の未来を考えて、子どもはいらない、とキッパリ。
いまはアルバイトを3つも掛け持ちしていて、金曜日には午前中キライニービーチで泳いで、学校へ行って、クリーニングのバイトをして、その後インド料理店のウェイトレスに行ったらしい。

 

まだ学校へ行き始めて間もない頃、キライニーパークをジョギング中のアンジェラにバッタリ会ったことがある。その時芝生に寝転んでストレッチをしていた、その毅然とストイックな姿が鮮烈に刻まれているが、生き方もそのまま。
18歳で両親の元を離れた私に“You are brave!”と言ったけれど、Braveという言葉が似合うのは彼女のほうだ。

そして、NaturalでPureで限りなくHonest。
コロンビア以外の国で暮らすなんて考えられない!という言葉に、自分はこんな風に祖国を思ったことがあるだろうかと考えずにはいられなかった。

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一緒にバスに乗って帰った後、ベジの焼うどんをつくって食べながら(たまたまお肉がなかっただけのこと)、絶対ベジタリアンにはなれない、と宣言する娘。
なんだか、スケール感が違うなぁ。
ちょうどその時、アレクシから「Back to France」とメッセージ。
見たら、中庭らしきところにプールがあって、遠景には美しい山脈。
「これ、家?」と返信したら「Yes」と。
ああ、スケール感違い過ぎ。

娘と二人、我が家を思ってなんとも言えない気分に浸るのだった。

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ニューグレンジとタラの丘

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早起きしてバスに乗り、ダブリン発着ツアーに参加できる最後の週末は、世界遺産にも登録されている古墳・ニューグレンジと、タラの丘を廻るツアーへ。
タラの丘からはアイルランド全土の7割が見渡せると聞いたが、本当だろうか? 古きアイルランドを訪ねるツアーは他にもあったが、5000年前の古墳の中に入れるMary Gibbons Toursに予約した。€40はちょっと割高感があるが、仕方ない。
http://newgrangetours.com

8時15分にオコンネル・ストリートを出発。大学教授みたいな雰囲気のガイドさんは物静かな語り口で、5000年以上前にできた古墳群や紀元前200年頃からアイルランドに移住してきたケルト人がつくった連合国家の説明をしてくれる。
歴史って、本当に殺戮と略奪の繰り返し。アイルランドはヴァイキングや英国に奪われ続けてきたけれど、歴史をひもとくと、中央ヨーロッパから土地を求めて移住してきたケルト民族が、先住民を殺し、土地を奪い、自分たちの国家を築いたのだ。

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異国の地からやってきた男たちが男たちを殺し、土地と女たちを奪って新たな家族と社会を築いていった人類共通の歴史を聞いていると、なんとも言えないアンビバレンツな感情に襲われる。
深い思索に基づくひと言ひと言は、とても全部は理解できなかったが、通常のツアーとは違う重さがあった。

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バスはボイン渓谷に沿って進み、古墳群の入り口にあるビジターセンターに9時半に到着(これまでのツアーと比べるとウィックロウと同じくらい近い)。10時15分発のシャトルバスのステッカーをもらって、それまでの時間、紹介ビデオを見たりして過ごす。
ケルト民族がやってくる前、どんな民族が住んでいて、大小40もの古墳群をつくったのか、未だ謎に包まれているらしい。
でも、地理や天文学建築学に長けていて、精巧で見事な王の墓をつくった。中でも、平たいお碗を被せたような形のニューグレンジには、一年に一度、冬至の朝に、朝日が中心の墓室に差し込むよう完璧な形で通路がつくられているという。

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お碗の周囲の白い石はウィックロウから運ばれたものらしく、総重量は20万トンに及ぶとか。いったい何人の人がこの古墳の建築に携わったのか。それにしても、大変だったろうな、生きるのは。
そのうち時間になり、気持ちの良い道を抜けてシャトルバスの発着地へ。朝日が緑の草木を照らし、空気は透き通って、本当にいい日だ。

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やってきたシャトルバスは相当年季が入っているが、ベンツ。そこからニューグレンジへ向かうと見事な眺望がひらけてきた。

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間近に見るニューグレンジは形も色も見事で、5000年前につくられたなんてとても思えない。石を積む、というシンプルな行為だけで、これだけのものができるなんて。

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専属のガイドさんの案内で、中に入る。撮影は禁止、荷物は背負わずに前に抱く。
狭い通路を進むと、正面と左右に墓室があって、石の所々に渦巻き模様が彫られている。すり鉢状に削った石には火葬した聖灰を盛ったとか。
精巧につくられた建造物は、5000年もの間一度も補修も改修もしていないのに、完全なウォータープルーフなのだ、とガイドさん。
見上げると、平らな石が五角形に巧く組み合わされている。
年に一度差し込む朝日を真似て、暗闇を味わった後、入り口のほうからライトが照らされる。5000年前の人々の真摯な祈りの儀式。

ゆっくりと外に出ると、360度広がる風景が一層くっきり鮮やかに見えた。

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ビジターセンターでランチを済ませ(いつも感激するのは、こういう場所にある店がそれなりに美味しく、たくさんメニューがあること!)ボイン渓谷やスローン城を車窓に眺めながら、タラの丘へ。

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小高い丘へ登っていくと、どんどん風が強くなる。さえぎるものが何もないのだ。凧をあげている人もいる。

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これがアイルランド全土の7割なのかはよくわからないけれど、紀元前200年にやってきたケルト民族がここに国家を築こうとした気持ちがわかる気がしてくる見事な眺望だ。

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19世紀半ばのジャガイモ大飢饉で世界中に散ったアイルランド人にとって「タラに帰ろう」というのは、強い望郷の言葉らしい。

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風と共に去りぬ』の主人公、スカーレット・オハラが最後に言う「タラへ帰ろう」という台詞はあまりにも有名だが(物語の中でタラは農場の名。農場にタラと付けたこと、そもそもオハラという名前自体、アイリッシュの印)、不屈のアイリッシュ魂の源というか聖地だと思うと、気持ちも厳かになる。
本物の王が触ると“scream”したという石の横に立ち、故郷を離れざるを得なかった人々の想いを想像しながら、しばらく眺めた。

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15時半にはダブリン市内にバスは到着。グラフトン・ストリートで買ったアイスをスティーヴンズ・グリーンで食べていると、ツアーで一緒だった英国で修士号を取得したばかりの台湾出身の留学生・アレスターに再会。
バスでバタバタと別れてしまって残念だったので、また会えて、連絡先を交換できてよかった。
会いたい人に会えるのがこの国の不思議なところ、と来たばかりの頃聞いたけれど、本当にそうだ。

 

なんとなく明るいうちにシェアハウスに帰るのが嫌で、バーでゆっくりしてから戻ると、玄関の靴の数がとても少なくなっていた。ああ、本当に帰っちゃったんだなぁ。
昨日残したビリヤニを温め、目玉焼きを載せて、サラダと一緒に食べたら、美味しくて少し元気が出てきた。
この家で過ごすのもあと1週間。食材を、少しずつ片付けなくちゃ。
それにしても、アレクシもレオも、食べもの残し過ぎ。食べかけのクロワッサン、食べかけのパウンドケーキ、紙袋に大量に残ったジャガイモ、バナナ、開封もしていない巨大な食パン……。
「もったいない」って言葉を教えてあげるべきだった!

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マドレーヌでSalut!

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9月が始まった。そして9週目の最終日。
クラスはなんとなく西欧ボーイズと南米・日本のガールズ&ミドルエイジに分かれていて、それはそれで落ち着く感じ。
1コマ目の先生は久しぶりのマルセラ。十数年前にブラジルから移住した女性で、アドリアーノの名前を聞くなり、「ブラジルね」と言った。
授業のテーマはHomophones (同音異義語)。
こういうのは得意。でも、スペイン語やフランス語圏のクラスメイトは、あんまり得意じゃない様子。言語として似ているところがある分、発音にはあまり意識が向かないのかな。“th”の発音も、日本ほどしっかりやらされていないようだ。
二人一組で同音異義語の間違い探し。アレッサンドロと一緒にやったら、26個全部見つけることができて、マルセラにもびっくりされた。

アレッサンドロが拳をぐっと差し出して、初めての“fist-bump(フィスト・バンプ)”。

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2コマ目はいつものジョンの授業。会話のレッスンで、最近観た映画とかオススメの本とか、最近買ったものとかをアドリアーノ、アナンダと話す。
アドリアーノは2年前からアイルランドに来ていて、できれば移住したいのだとか。毎日シティセンターにあるメキシコ料理店で働いていて、いつも疲れているけれど、話すと面白くて優しい。
もう一人のブラジルからの留学生、ヴィヴィアニもフィアンセと一緒に長くこちらに来ていて、仕事をしながら学校に通っている。二人とも、ブラジルには仕事がない、と。西欧圏からの留学生とは切実さが全然違う。


オススメの本の話をみんなでしていたら、ジョンが村上春樹のファンだということが発覚。ごく普通の日常を描きながら物語は“insane”で、引き込まれるらしい。本棚には村上春樹の本しか並んでいない、と。
びっくり。
日本の首相の名前は誰も知らないけれど、村上春樹は知っている。そして宮崎駿鳥山明。ミュージシャンも役者もほとんど知られていないけれど、アニメとマンガと村上春樹は共通言語みたいだ。

 

授業が終わってスタッフ・ルームに行くと、松井ゆみ子さん(写真家で料理家)からマドレーヌのプレゼントが! 学校のすぐそばに職場があるマーク(ゆみ子さんのパートナー)が届けてくれたのだ。
残っていたクラスメイトやスタッフのニコラス、マルセラやジェラルディン、校長先生(?)にも配って、みんなで食べる。うーん……美味しい。
バターの味とコクが際立っていて、卵のふんわりとした優しさ、レモンの香り……完璧に大好きなマドレーヌだ。

ジェラルディンや校長先生も「すっごく美味しい!」と。

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図書館に本を返しにいって、インド料理屋さんでバイトを始めたアンジェラを見に、夜は“SHAKILA”という店でごはんを食べる。
フルーツたっぷりのサラダと野菜のビリヤニを頼んだら、完全に許容量オーバー。7割以上持ち帰りになってしまったけれど、シックで美味しいレストランで、白いシャツをキリッと着こなし、赤いルージュをしたアンジェラは、学校とはちょっと違う大人の女性の佇まいで、素敵だった。

 

帰ってから、アレクシとレオに、挨拶に行く。マドレーヌを包んでリボンをかけて。
アレクシにたどたどしい英語で一生懸命想いを伝える娘。
具合が悪くなった時にはごはんを運んでくれて、娘がリンゴを空中で撮影しようとして落っことし、わーっと叫んでいたら“What happened?”とやってきて、撮影の手伝いをしてくれたアレクシ。
会った初日に、ヒガシマルのうどんスープの素でつくった簡単うどんを「おいしい」と食べ、お好み焼きを“Excellent!”と絶賛し、箸の使い方を“It's not so difficult”と他のシェアメイトにも教え、折り紙を私たちに教えてくれた、歳よりずっと大人びていたフレンチ・ボーイ。

「あなたの人生を変えたエヴァンゲリオン、必ず観るね」と伝えると、「僕も、二人が勧めるToo Young To Dieを観るね」と。
Adieuではなく、あえてSalut! と言って別れた。

 

夜遅く帰ってきたレオには深夜に挨拶。フランス流の挨拶(ビースと言うらしい)をされて、一瞬とまどう娘。
二人は朝一緒にバスに乗り、同じ飛行機でフランス、リヨンに帰っていく。
私たちは朝からバス・ツアーに行ってしまうので見送れないけれど、いつか再会する日もあるだろう。
生きていれば、ね。

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別れの準備

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さて、2ヶ月を共に過ごしたアレクシとも、そろそろ別れの時が近づいてきた。
心残りは、豆ごはん。そして、ローストチキン
和食好きなアレクシに、どうしても豆ごはんを食べさせたい娘。最初の頃に、いつかローストチキンを焼くね、と約束した私。
週末にフランスに帰ってしまう前に、シェアメイト全員でごはんを食べたい。
アレクシと一緒にフランスに帰ってしまうレオ、そして私たちより1週間長くいるアイヴァン(スイスから)に予定を聞いて、木曜日に決めた。

 

水曜日は豆とトマトと卵とレタスを買い、残った生姜ごはんでエビチャーハンに。家にいたアレクシに聞いたら食べるというので、月曜日からずっと一緒にごはんを食べることに。
イマイチだった生姜ごはんも、チャーハンにしたら生まれ変わった。

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そして木曜日、午後出かけるのはやめてゆっくりランチをとる。
サンディコーヴ駅の近くにあるイタリアン・レストラン“Carlluchio’s”。学校が始まったばかりの頃、何度ここのランチで救われたことだろう。
食べ納めのカルボナーラ、デザートにはアフォガートを頼んで、贅沢の極み。でも、最後だからいいよね、と言い訳しつつ。

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Punnetで果物を買い、お肉屋さんでチキンを買って、海をしばらく眺めた。

  海は広いな 大きいな♫

と歌い出したくなる青い海。
少し白い水色が、時間とともに群青色へと変わっていく。
散歩する犬たちはリードなし。飼い主の顔を見ながら、気ままに歩いている。
1匹の犬を見ていると、飼い主より先に海のほうへ歩いていって、待っている。
シルバーグレイの男性が石をつかんで投げてやると、さっと追いかけていって、海に顔を突っ込んで咥えて戻ってきた。
そして、また「投げて」と尻尾をふって待っている。

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ダブリン市内のアパートに住む予定を、ギリギリになってダン・レアリーのシェアハウスに変更して、本当によかった。

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帰ってからチキンをお風呂に入れて、塩コショウ、ニンニク、ハーブをこすりつける。
その間に米を綺麗に研いで、豆をサヤから出して、豆ごはんの用意。
グラタン・ドフィノワのジャガイモも、リンゴとセロリのサラダも、娘が率先して下拵え。
さすがに言い出しっぺ、珍しく甲斐甲斐しく働く娘。

いつもこのくらい動いてくれるといいのに。

 

気がつくと8時。お腹を空かせたボーイズがキッチンにやってきて、できたものから階下の大家さんの部屋(大抵は不在)に運んでくれた。
5人で囲む初めての、そして最後の食卓。

「グラタン・ドフィノワ、こんなに美味しくできたら、母が嫉妬するな」とアレクシ。
ドフィノワってどういう意味なんだろう、とずっと思っていたけれど、実はアレクシの故郷の名前だった。

勢いよくごはんを食べるボーイズに混ざって食べ負けない娘は、まるで昭和の下宿屋の娘のよう。

最後はアレクシとチキン争奪戦を繰り広げ、勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。

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