55歳からのアイルランド留学日記

3ヵ月、ダブリン郊外の語学学校に通いつつ、ケルトの風に吹かれてくるよ〜

ベルファスト〜流され続けた血の痕が投げかけるもの

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アイルランドに来る前にアイルランドを舞台にした映画を数本観た。

そのうちの一本が『麦の穂をゆらす風』。
社会派の巨匠、ケン・ローチ監督の2006年の作品で、カンヌ映画祭パルム・ドール(最優秀賞)も獲得した話題作(にして名作)。
でも、私は観たことがなく、渡愛前にあわてて観たのだった。

 

冒頭、「ハーリング」(ケルトの伝統的な、ホッケーみたいな屋外球技)に興じる若者たちが描かれ、主人公デミアンはロンドンに渡り医者になることが話される。1920年。トーンは決して明るくないが、若者たちの会話は親愛の情と希望に溢れている。そこへ英国軍(ブラック&タンと呼ばれる悪名高き非正規の軍だろう)がやってきて、若者たちに詰問を始め(すべての集会が禁じられている中で、しばしばハーリングも取り締まりの対象になった)、自分の名前を「ミハエル」と名乗った若者が「マイケルだろう!」と打たれ、鶏小屋に連れていかれる。
「終わった」と去っていく英国軍。嘆き悲しむ母親と姉(デミアンの恋人)、十代で惨死した友人を目の当たりにして、デミアンは英国に渡るのをやめ、アイルランド義勇軍IRA)の活動に身を投じていく。

 

親友に裏切られたり、親友を殺されたり、殺さざるを得なかったり。
中でも辛く、考えさせるのは、1922年、奇跡的に勝ち取った長い和平交渉でようやくまとまった条件(北アイルランド6県が英国に残り、さらにアイルランドは英国に忠誠を誓う)をのむか、のまないか、で、かつての同志が引き裂かれていく過程だ。
かつて同胞だったデミアンと兄のテディは、それぞれの正義と同志への忠実のため、敵と味方に分かれていく。

「これ以上血を流さないために」条件をのむのか、
「これほど血が流されたのだから」条件をのむわけにはいかないのか。
最初から最後まで身を抉るような絶望、怒り、哀しみを訴え続ける作品は、衝撃的なエンディングの後にも、その問いを投げかけ続けた。

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8月1日、学校を休んでベルファストジャイアンツ・コーズウェイ、そしてキャリック・ア・リード吊り橋を訪れる日帰りツアーに参加した。
正直、北アイルランドを訪れることには躊躇いがあった。とくにベルファスト
訪れるからにはそれなりの覚悟と勉強が必要だと思ったし、北アイルランドは遠いし、重い。次の機会でもいいかなと思っていたが、ひと足先にベルファストを訪れた友人に、絶対行ったほうがいい、と勧められ、申し込んだ。

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バスは平日にもかかわらず満席で、2台が連なって出発。7時にダブリンを出発したバスは意外に早く9時半にはベルファストに到着した。
乗客はタイタニック・ミュージアムか、西ベルファスト市内を回るBlack Taxi(政治的な背景の説明を聞きながら壁画や追悼の碑を回る)を選ぶことになっていて、迷わず後者を選択。

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北アイルランドでは、1966 年プロテスタント準軍事集団( UVF13) が発足、カトリック準軍事団体(IRA)に対して宣戦布告。1969年にはデリーで、長く差別に苦しんできたカトリック系住民による暴動が勃発。以降、1998年ベルファスト合意まで30年に渡って内戦状態が続いた。
死者3459人(一般市民1855人)、うちベルファストの死者1540人(西ベルファスト623人)、負傷者47541人、発砲36923回。
30年間、毎日発砲の音が止まなかった街。いまもカトリック系とプロテスタント系住民を分ける「壁」に描かれた壁画を慌ただしく見て回りながら、想いを馳せるには時間が足りな過ぎると思った。写真を撮って、説明を聞いたら、すぐ次へ。観光ツアーの一環なのだから仕方がないが、とても失礼なことをしている気分になってしまう。

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カトリック系住民が住むフォールス・ロードには1981年にハンガー・ストライキで獄中死したボビー・サンズを始め、政治的な犠牲者でもありヒーローでもある人の絵が描かれ、同時に、ネルソン・マンデラモハメド・アリなどの絵も。

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一方、プロテスタント系住民が住むシャンキル・ロードに入ると英国旗がこれでもかとはためき、全く逆の立場のヒーローの壁画が。
麦の穂をゆらす風』に描かれたものが、そこに形として現れ、頭がしばし分断し、停滞してしまう。

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中立はあり得ないし、自分がそこに住んでいたなら、どちらかの正義のために闘っていたのだろう。

こうやって観て回ると、英国旗を掲げ広々としたシャンキル・ロード周辺より、人が密集し、肩寄せ合って暮らしているように見えるフォールス・ロード周辺に肩入れしたくなるが、“正義”はそれぞれにある。

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ベルリンの壁が壊れても、いまなお二つの住民集団を分ける「平和の壁」は、互いの心に現存する壁でもある。

実際、交流はほとんどなく、壁を超えることも稀で、子どもの頃から教育は隔たれているという。

それでも、いま、発砲の音を聞かずに、この街が観光スポットとして在る、ということには、大きな意味と可能性がある、と思う。

流された血は、決して無駄ではないはずだ。

そして、正義を超える共感が、いつか壁を壊す日を夢想するのは、楽観的ではないはずだ、きっと。

 

立派な教会の中に入らせてくれたところを見ると、運転手さんはカトリック系なのかなと思ったが、あえて聞かなかった。

淡々と説明してくれたけれど、言えない想いもきっと胸のうちにあるのだろう。
わずか1時間半、駆け足で回ったベルファストの街。

人間そのものが凝縮されたような街を、また訪れたいと思う。

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新しいクラスで5週目スタート。うどんはパスタに勝てるか?

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先週末にアンドリュー(主幹にあたる?先生)に聞かれた。
「来週、君のクラスは閉鎖される。ZIGの同じレベルのクラスに行く? それとも、同じZAGの時間帯で別のクラスに行く?」
迷わず私は後者を選択。
月水金が午後からの授業になるZAGのほうが慣れているし、これまでのクラスのレベルには正直ついて行けてなかった。頑張ってはみたものの、スラスラ話すイタリアやフランスからの留学生に引け目と申し訳なさを感じていたのは事実。
いろいろ気遣ってくれたローラやアレクシとは離れるけれど、このタイミングでクラスを替わるきっかけをもらえるなんてラッキー。

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というわけで7月31日月曜日。新しいクラス、新しい先生で授業がスタートした。
最初の授業はジェラルディン。娘のクラスをずっと受け持っていて、面白くて大好きと言っていた先生。ふくよかで、いつも派手なワンピースを着ていて、ひときわ目立つ。
日曜日の夜は必ずピザを食べるそうで、それは家族で映画を観るからだそうで、そういうの、いいなぁと思っていた。
初めてのジェラルディンの授業は「料理と食事に関する語彙」について。これは、ひょっとして、私の得意な分野では?

 

予想通り、マリネードとかスチームとかバーベキューとかグリルとか、好きな単語が続々。映像には典型的なアイリッシュの朝食が映し出されて、「この国でプディングというと、牛か豚の血を使った料理のことよ」とか、いろいろ解説をしてくれる。
クラスにはフランス、イタリア、ブラジル、コロンビア(アンジェラが同じクラスに)からの生徒。他の国の普通の朝ごはんを紹介し合ったり、ペアになってお互いの「これがないと生きていけない食べもの」について話したり。
「いま、お腹空いている? 空いてる人も空いてない人も、授業が終わったら空いてるわよ」と言っていたジェラルディンだけど、本当にそうなった。


驚くのは、アイルランドでもフランスでも、みんなパスタとピッツァが大好きだということ。私がペアになったフレンチ・ガールのシャーリーンも、パスタがないと生きていけない、と言っていた。
もう一コマは、ジュリアナという先生で、モロッコのマーケットの映像を観て、商人と旅人に分かれてロール・プレイング。テーマはバーゲン(値切り交渉のこと)! これも、私の得意分野では?値切って値切って、カーペットとカフタン(民族衣装)とシルバーのブレスレットを購入。なんだか得した気分。

 

新しいクラスにしてよかったーとホッとした気分で部屋を出ると、娘のクラスは、本国に帰ったり、クラスを替わった生徒が抜けて、二人になってしまったとか。
サウジアラビアからの留学生、アブドラとプライベートに近い授業を受け、休み時間にはスタバをご馳走になったとか。それもまた楽しそうだ。

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晩ごはんはうどんが食べたくて、初の天ぷらに挑戦。スーパーバリューに油とさつまいもを買いにいくと、天ぷら粉を発見、これも購入。
海老はHowthで買ってきておいたのを解凍、さつまいも(切ってみたらほとんど安納芋だった)、玉ねぎ&人参とともに揚げる。品数は少ないけれど、十分だろう。うどんはやっぱりスーパーバリューで売っていた乾うどん。

アレクシは、初の天ぷら、初の麺つゆに挑戦。うどんを浸し、「うーん……グッド・テイスト。グッド・ソース」と“Mentuyu”とケータイにメモり、天ぷらを浸して「うーん……デリシャス!」。
食べられないと言っていた海老にも挑戦して、二つ食べ、天ぷらもうどんもあっという間に全部なくなったのだった。

 

前のシェアメイト、セシルに続き、アレクシも虜にした麺つゆ。
うどんと天ぷらと麺つゆは、パスタやピッツァに勝てるんじゃないか、と密かに思う。

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青空マーケットでリベンジ?

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アイルランドの交通機関は車、バス、電車がメインで時々飛行機、フェリー。
地下鉄や新幹線はないし、電車もバスもそれほど本数は多くなく、ほとんど時間通りには来ない。
とくに日曜日は注意。ダン・レアリーからシティ・センター(ダブリン中心部)へ行く電車は始発が9時。バスも本数がぐっと減るので、朝イチ出発のシティセンター発日帰りツアーで6時半発なんていうのは、タクシーで行かないと間に合わない。

ジャイアント・コーズウェイ(北アイルランドにある巨大な六角形の石柱群)はとくに遠いので、日曜日は諦めて火曜日に予約。
今日は、近くの公園で毎週日曜日に開かれるマーケットに行くことに。

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ここに来るのは4週間ぶり。7月最初の日曜日、ダブリン中心部のアパートから引っ越してきた日以来だ。
その時はあまりにもたくさんの人がいて、パエリアと焼きそばを持ったまま、なぜか娘が泣いたのだった。
葉山の雰囲気に気圧された? まさか。
明日から学校が始まるプレッシャーや不安もあったらしい(中学時代の嫌な思い出を引きずっているところがある)。
その時とは一転、「リベンジしなくちゃ」と訳のわからないことを言って、何を食べようか物色し始める娘。
あなたの人生の半分、いや60%は食欲でできているのでは? と聞くと「そうだよ」と。

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マーケットは大好きだ。赤ちゃん連れや犬連れ、いろいろな人々が食べものや雑貨を選んだり、食べたり、青空の下でくつろいでいるのを見ると嬉しくなる。
今日の人出は前回の半分くらい。7月の初めと終わりでこんなに違うのか。

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ひと通り見て回り、さんざん迷ったあげく娘はたくさんの野菜と肉をチャパティみたいなのでくるっと巻いた「ラップ」と苺のタルトを買う。
私は嫌がられながらそれらを3口ずつもらい、テンプル・バーのフードマーケット(毎週土曜日開催)に出店していた自家製ヨーグルトの店を発見し、嬉しくなってベリー入りヨーグルトとサマーベリーのジャム(苺や木苺、ブラックベリーなどが混ざってる)、ズッキーニとトマトのチャツネを買う。€9.5。
手作りジャムの魅力にはなかなか勝てない。重くてとても日本には持って帰れないのに、そして貰い物のとっても美味しそうなジャムもあるのに、ついつい買ってしまう。
カゴいっぱいに詰めた野菜を買っている人もいたので、見るとオーガニックの野菜も売っている。ルッコラとズッキーニと尖ったキャベツを買って€4。

 

思い立って、というか、ちょっと可哀想になって、ひとり東京で犬と鳥の世話をしている夫にスカイプ。マーケットの様子を見せつつ話していると、「あら、あなた何語で喋っているの? 日本語? あ、邪魔しちゃったわね。ゴメンなさい」と夫婦連れが笑顔で。
アイルランドには日本人が少ないようで、ほとんど会わない。そして、「どこから?」と聞かれて、「ジャパン」と答えると、たいていの人が「美しい国よね。食べものも美味しいし」と言ってくれる。

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ジェイムズ・ジョイスの生涯を漫画で描いた本と、オーガニックの牛肉と豚肉を一切れずつ買い、最後に長い行列が出来ている「初めてのロール・アイスクリーム」へ。
ベリーやキャラメル、塩など好きな味とトッピング2種類、ソース1種類を選んで注文すると、生の果物や生キャラメルを氷点下の台の上に置き、その上にカスタードソースをトロリと垂らして、凄い勢いで混ぜたりのばしたり。
最後にこびりついたもんじゃ焼きをすくい取る要領で、ヘラをツイーッと動かすと、見たこともないロールアイスクリームが(あるよね、ゴーフレットじゃなくて、こういう焼き菓子が。あ、シガールか!)。
容器に縦に詰めてトッピングとソースをかけて「お待ちどおさま」。

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一つ€5で決して安くはないけれど、魔法みたいな過程を目を開いたまま見ている子どもたちは、きっと一生忘れないんだろうな。
私たちも動画を撮ったり、待つ時間も含めて、初めての味を楽しんだ。

 

いったん家に戻ると、大家さんのアンが久しぶりにいて、初めてのお孫ちゃんの写真を見せてくれた。娘さんが産後体調が悪く、入院されたりもして、ほとんど家にいなかったアン。自分の仕事に加えて、来週末は息子さんの引っ越しの手伝いだとか。
来週末には3人のシェアメイトがやって来るので、もし家にいるなら迎えてあげてほしい、と。
シェアメイトは大歓迎だけど、3人でいっぱいいっぱいの小さなキッチンのことだけが不安だと話すと、階下の自分のキッチンを使っていいとのこと。
ゴミ出しの際に見てはいたが、レストランを経営しているアンのキッチンは素晴らしく、なんとコンロがガスだった。これでご飯を炊いたら美味しいはず、と嬉しくなる。

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降り出した雨が上がるのを待ってシティセンターへ行き、ずっと欲しかったラジオを購入。グラフトン・ストリートでは若いバンド(というより子ども)がU2の「Every Breaking Wave」を演奏していて、人だかりが出来ていた。


夕飯は節約したいところだったけど、疲れてインディアン・レストランへ。スターターでタンドーリチキン、メインで海老のビリヤニを選んで注文(セットのほうが安かったので。これにビールが付いて€18.5)。

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お料理はとっても美味しかった。インド料理屋さんが2軒並んでいて迷ったあげく、赤いほうの店「Spice of India」(もう一つは緑で「The Jewel in the Crown」と言うゴージャスな名前だった)に入ったけれど、きっとどちらも美味しいんだろうな。
とくにビリヤニは、その昔イギリスで初めて食べて感動した米料理。やっぱりお米は美味しいなぁ。でも、お腹がいっぱいで半分くらい持ち帰りにしてもらう。
嫌がられるけれど、やっぱり私は娘の食べるものを少しもらって食べるくらいでいいかも。パンやチップスのおこぼれを待つカモメや鳩みたいに。

 

帰ってからラジオをつけたら、いい感じ。明日から毎日聴こう。

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オジさんの笑顔は人を幸せにする

さて、1ヶ月経ったということは、私にはやらなければならないことがある。
それは髪を染めること。
いつもは美容院でお願いしているけれど、こちらで行くのはちょっと怖い。ヘナとインディゴ、そして保険としてシエロなど普通の酸性カラーも持ってきた。
できれば自然でトリートメント代わりにもなるヘナとインディゴで染めたかったけれど、時間がかかるので今回はシエロにする。
最近のは液ダレもしないし、随分手軽になったんだなぁと感心しながらバスルームで。シェアハウスなのでバスルームも共同のはずだったけど、この部屋はたまたまエンスイート(バスルーム付き)で、すごく助かる。

でも、憧れは染めることから解放されること。
晩年のリリアン・ギッシュみたいにシルバーヘアでひょこひょこ歩くオバアさんになりたい。
Pig-headed (習ったばかり! 視野が狭くて他人の意見に耳を貸さない人のことだそうだ)でもBig−head(そのまんま。自惚れ屋の偉そうな人のこと)でもなく、世界の不思議に目を輝かせ、子どもみたいに怒ったり泣いたり笑ったりできるオバアさんに。

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そんなこんなで遠出はやめて、午後からは地元の劇場に芝居を観に行く。
前回(『Every Brilliant Thing』)に続いて一人芝居。

数日間の公演だけどチケットは売り切れで、土曜のマチネーが追加に。昨晩オンラインでギリギリ、バルコニー席を確保したのだ。
ミュージカルならともかく、芝居がきついのは前回経験済み。テンポというかリズム重視だから、大事な台詞が聞き取れないし、知らない言葉もバンバン出てくる(っていうか、自分が普通に英語がダメなだけだけど)。
でも、SOLD OUTしている舞台がたまたま数席空いていて、家から15分の劇場で観られるのだから、と再チャレンジ。
娘もしぶしぶ付いてきた。

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結論を先に言えば、前回以上にわからなかった!
最初のひと言“October, 1978”だけはハッキリ聞き取れたので期待したのだけれど、全然ダメ。でも、それでも、凄くいい舞台だった。
タイトルは『The Man in the Woman's Shoes』。
動物たちと一緒に暮らしている年老いた靴職人が、スライゴーの町(後から知った)を女性の靴を履いて歩き、町で知り合いやそうでない人たちに出会い、帰ってくる物語。
https://www.timeout.com/london/theatre/the-man-in-the-womans-shoes
https://www.civictheatre.ie/whats-on/the-man-in-the-womans-shoes/2017-03-24/

 

驚いたのは、動物たちの声やミツバチの羽音を表現する見事さ。ひとりで音響さん顔負けの音を巧みに創り出し、いったい何匹の牛や犬や羊がそこにいるんだろう?と思うほど。
何にもない平場の舞台が、農場に、小さな窓を持つ家に、フットボール観戦で賑わうまちに、早変わり。
風の音や平手打ちはもちろん、3人が同時に喋るシーンも見事で、情景がありありとそこに出現する。


後から調べてわかったのだけど、最初はスライゴーのアートフェスで上演したこの作品、スライゴーの住民たちや文学者、いろいろな人たちと話しながら創り上げたのだとか。
Mikel Murfiという役者さん、只者じゃない。
人見知りで人懐っこくてセンシティブで偏屈でイノセントで愛くるしい、アイリッシュらしいオジさんを見事に演じて、会場はしばしば爆笑の渦。
終わった後は、「ブラボー!」という言葉が飛び交って、全員がスタンディング・オベーション
私も、なぜか終わった後涙が出た。

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客席を埋める多くは、普通の紳士淑女(つまり普通のオジさんオバさん)。劇場では毎日のように芝居や映画やコンサートが上演されていて、チケットは大人が€18、学生が€16。なんと来年2月にはエディ・リーダーのコンサートも控えてる。
中高年の男女が大声出して笑って泣いて、目いっぱい楽しんでいるのを見ると幸せな気持ちになる。とくに「オジさん」の愛らしさは、日本ではなかなか見ないものだ。

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終わってから、空腹でどうしてもサンドイッチを食べたい、という娘と店探し。迷った末、前に一度ビールを飲んだパブに入ると、素敵な顔をしたカウンターのオジさん(あえてそう呼ぶ)が、「サンドイッチ? 何がいい? 好きなのをつくるよ」と。
チキンサラダ入りのサンドイッチ、スープ付きに加えて、勧められたビッグ・オニオンリングも頼むと、びっくりするくらいオシャレな一皿が運ばれてきた。

こういうのが食べたかった、と感動してサンドイッチを頬張る娘。ビッグ・オニオンリングも少し甘くて柔らかい衣が不思議に美味しい。


「気に入った?」とカウンター越しに先ほどのオジさん。いたずらっ子のような目で私たちを覗き込んで、嬉しそうに「よかった」と。

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その後に立ち寄った薬屋さんでも、また素敵なオジさんが「日本から来たの? 今朝、日本の曲を聴いてたんだよ」と全く知らなかった音楽を紹介してくれて、またまた幸せな気分に。

https://youtu.be/nWCD9EtKPAY

 

オジさんの笑顔は人を幸せにする。間違いなく。

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 (ジェイムズ・ジョイスはどうだったんだろう?)

 

 

 

ギネスケーキと虹とピンクのイルカ

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4週目が終わった。
今日で帰ってしまうのは、イタリアン・ボーイのニコロとフィリッポ、フレンチ・ボーイのリッツィー。
ニコロは旅好きで日本にも来たいと言っていた。
フィリッポは背が高くてコンピュータ・プログラマーを目指してる。
リッツィーは銀行に勤めるお姉さんと一緒に留学していて、時々買い物に付き合わされていた。

金曜日はいつも少し緊張する。ちゃんとお別れが言えるかな、と。
友達というには程遠く、休み時間に一緒にコーヒーを買いにいったくらいでも、もう二度と会えないと思うと、よぎるものがある。


クラスのみんなで食べようと、松井ゆみ子さんからいただいたギネスケーキ(ドライフルーツがたっぷり入っている大人のケーキ)を持って学校へ。

いつもと変わらない授業だったけど、1コマ目は初めてのテスト。月末の金曜日にやるそうで、学校が生徒の達成度をチェックするためのものらしい。
私の達成度は40%くらい。ひどいものだ。


休み時間は、帰ってしまう生徒は事務室に行かなければいけないので、ひとりでレオナルド・コーヒーへ。お店のスタッフさんがいつものコーヒー、いつものサイズを覚えていてくれるのが嬉しい。

 

ジョンの授業が終わり、すぐさま帰ろうとするクラスメートたちに、勇気を出してギネスケーキを出す。
ジョンも、帰り支度をしていたニコロやフィリッポ、リッツィーも手を止めて食べてくれて笑顔に。アレクシは残っているひと切れを見つけて、「もう一つ食べていい?」。

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このクラスの最後の日だから、と初めての記念撮影もできた。
ネスケーキに感謝!(あんまり美味しいので、私がクラスに持っていくことを嫌がっていた娘も、後で「よかったね」と言った)

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学校が終わると、クラスメートのローラ(日本語を勉強しているフレンチ・ガール)が娘をごはんに誘ってくれた。イタリアン・ガールズも一緒らしい。アレクシが気を遣って私も誘ってくれたので、若干躊躇いつつも(イタリアン・ガールズのパワーには尻込みするものがある)一緒に行くことに。
待ち合わせまでの時間、アンジェラ(娘のクラスメート)とテディズ・アイスクリームへ。
アイスクリームはもはや給食。一日一食食べないと落ち着かない。

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ベジタリアン(そこまで厳格ではない)のアンジェラにとっては初めてのテディズ・アイスクリームらしい。
少し雨も降ってくるなか、錆色の海を見ながらアイスを食べていると、だんだん雲が流されて陽が射してきた。
気がつけば、虹が。

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大騒ぎしながら写真を撮っていたら、虹の橋の反対側の袂も見えてきた。

モハーの断崖のときも雲を吹き飛ばしたらしいアンジェラに「マジカル・パワーの持ち主ね!」と言ったら「そう(笑)。川で泳いでいた時、ピンク・ドルフィンがタッチしていったし」。
ピンクのイルカ?
川で?
びっくりして聞いたら、検索して写真を見せてくれた。本当にピンクだ。すごく愛らしい。
3500万年前の鯨と同じ特徴を備えていて「生きた化石」と言われるけれど、他の多くの生物たちと同様、絶滅の危機に瀕しているそうだ。
http://us.whales.org/wdc-in-action/amazon-river-dolphins-colombia-omacha-foundation
https://youtu.be/ZCJgvabihQ8

アマゾン川だけに生息するらしく、ということは、アンジェラはアマゾン川で泳いでいたのか。
「ミューズ」という言葉を口にすると、笑って首を横に振っていた。

 

アンジェラと別れ、ブラックロックという街で待ち合わせ、ローラ、アレクシ、トニー(ドイツ人女性)、イタリアン・ガールズと総勢11人でごはん。

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イタリアン・ガールズはみんな18歳未満で、巨大なピザとパスタを頬張りながら喋る、喋る。
黒一点のアレクシは全然違和感なく、ローラと二人、私たちを気遣ってゆっくり話してくれる。
国柄と人柄。いろいろなことに気づかされる。

バリバリ音がするほど衣が固いフィッシュ&チップスをバリバリ食べて、海沿いを歩くと、潮が引いた後の浜に海鳥がたくさん休んでいた。

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太陽の角度のせいか、空気が澄んでいるからなのか、いつでも、どこでも、何度でも、感動する風景が、この国には彼方此方にある。

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昨日で1ヶ月。
1週目より2週目のほうが、2週目より3週目のほうが早かった。
これ以上加速度を増してほしくなーと願う。

 

 

 

7km続く崖の道。クリフウォークを歩く、歩く

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さて、日本で予約した公演(リヴァーダンス、U2)は観てしまったし、それぞれ一緒に行った友人たちも帰って、今日から普通の日々。
少し外食し過ぎたから、しばらくは自炊の日々を送らなくちゃ、と冷凍庫のイカを冷蔵庫に移して家を出る。

 

4週目、誰よりもクラスに長くいる私だけれど、喋るのはやっぱり苦手。隣の人と話して、と言われると、ハーッとため息が出てしまう。
今日のジョンの授業は「犯罪と裁判に関わること」で、聞いたこともないような単語が次々に。現役高校生のフィリッポ(18歳)も、シェアメイトでもあるアレクシ(23歳)も、単語を知っているだけでなく、どんどん喋るので、私が入るとテンポが狂う。
そのうち諦めたように二人で喋りだしたので、私は脱落を決め込んで単語の意味を一つ一つ確認していく。
英語って、100万語あるらしい。で、裁判官とか弁護士、医者、科学者、作家などスペシャリストを除くと、実際にはその1%しか使わないで生活しているとか。
1%といっても1万語。大学受験で目指すのはそこなのか、と改めて思う。
一方、キャロライン(先生)の授業は、句動詞(phrasal verb)で、turn out とかget alongとか簡単な動詞と助詞(?)の組み合わせの意味を学ぶ。これがまた推測が難しい。

 

今週入ってきたエリカとジュリアは、優秀で勝気なイタリアン・ガール。びっくりするくらい言葉を知っていて、二人とも早口でよく喋る(ともに17歳)。
エリカはべジタリアンで、5年前のある日、たまたまビデオを観て肉を食べるのを止めたそうだ。動物たちには意識も感受性もあって、食べられるために生きているわけじゃない、と。
5年前といえば12歳。凄い感性と意志の力だ。

 

午後は久しぶりに学校主催の遠足に参加。
ドッグ・レース、ボウリングに続いて、サリーが引率してくれる。加えて、イタリアから2ヶ月臨時スタッフとして来ているニコラスも。
エリカも友達2人を誘って参加していて、私と娘を合わせて生徒は5人。計7人でブレイからグレイストーンまでの“Cliff Walk”に出発。

 

それにしても、“Cliff Walk”って何なのだろう。ボウリングのとき、サリーが勧めてくれたから申し込んだものの、海沿いの崖(!)7kmを2.5時間かけて歩くイメージが全然持てない。アスリートである必要はない、という言葉に頼って参加したものの、若干の不安がよぎりながらサンディコーヴからブレイまで電車に乗る。

ブレイの街は、前に来た時とは全然違っていて、移動式遊園地のアトラクションが、ダン・レアリーとは比べ物にならないくらいたくさん、シーサイドを埋め尽くしていた。

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「アレ乗りたい!」と騒ぐ娘をなだめながら、サリーとニコラスがどんどん先を行くので、必死でついていく。
フィッシュ&チップスやアイスクリームもガマンガマン。しばらくはトイレがないというので、みんな公衆トイレに行って、いよいよスタート。

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降りかけた雨も止み、綺麗に晴れ渡った空を移して海の色はエメラルドグリーンからネイビーまでグラデーションで光り輝き、海鳥がその間を旋回している。

崖線は歩けるように整備されていて、起伏はあるもののなだらかで、歩くほどに海と空と崖と線路と野生の花々の壮大なパノラマが出現する。

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モハーの断崖に一緒に行ったアンジェラは別の予定があったのだけど、そちらは雨で中止になった模様。一緒に来られればよかったね、見せてあげたかったね、と娘と二人で悔しがる。
まあ、お金もかからないし、お天気のいい日にまた来ればいいのだけれど。

 

脚の長さがまるで違う私たちは、何度もみんなの足を引っ張りながら、なんとかついていく。私と二人こんな道を歩くには、しりとりでもやらないと耐えられない、と娘が言うので、英語しりとりをやりながら歩く、歩く。

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眼に映る景色はどんどん変わり、崖に張り付くように咲いている濃いピンクのヒースの花やワタスゲ(?)、風に舞う大きなタンポポの綿毛、波打つ黄金の草など、アイルランドならではの風景は、とても写真に収めきれない。

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そのうちグレイストーンの海岸に出て、みんなで記念撮影。
詳しいことを知らずにエリカについてきたらしいイタリアン・ガール(最初サリーに「どのくらい歩くの?」と尋ね、7kmと聞いてショックを受けていた)は、革の編み上げブーツの底が外れてパカパカしていた(>_<)

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歩いたあとはもちろんアイスクリーム。
ニコラスが教えてくれて空を見ると、太陽を縁取る雲が虹色に光っていた。

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家に帰って、イカとブロッコリーとトマトのパスタをつくり、ワインを開けて、グラタン・ド・フィノワとともに夕ごはん。
「このパスタ、超美味しい!」と娘。「食べてしまうのが惜しいくらい」と。
そういえば、昔初めて両国の焼肉屋でイベリコ豚を食べたとき、帰りの電車の中でもずっと何かを噛んでいるので尋ねたら「イベリコ。飲み込むのがもったいない」と言っていたな。

ベジタリアンにはとてもなれそうにない娘と、サウジアラビアやコロンビア、クラスメートの生まれた国のことを調べたり、話したりしながら、夜が更けていった。

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ダン・レアリーに夕陽が沈む

ここダン・レアリーの天気は気まぐれで、降ったり晴れたり、強い風が吹いたり凪いだりを一日のうちに何度も繰り返す。
朝から雨模様、野菜をたくさん入れたスープをつくったり、たまった洗濯物を2回に分けて洗濯したりしていたら、次第に雲が去って太陽が見えてきた。

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4週目に入った授業もやっぱり降ったり晴れたりで、今日は雨模様。
ディベートは苦手だ。自分の意見はさておき、賛成派と反対派に分かれて議論する。イタリアやフランスの子たちは慣れているのか、凄い勢いで話す。私も議論は嫌いじゃないけれど、どうやっても自分が賛同できないテーマだと言葉が出てこない。いや、言葉が出てこないのは、賛同できるテーマでも同じか。要は語彙と文法の問題。
それに加えて、大勢がいっぺんに喋るから、教室は喧騒に包まれる。誰かが話しているときに遮ったり、大声で持論を滔々と述べる人がもともと苦手なので、辟易としてしまう。
まあ、それも言い訳で、もっと英語を聞き取れるようになれば、ストレスも少なくなるのだろう。

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授業が終わったあとは、ダン・レアリーの駅で待ち合わせて、明日日本に帰る友人と最後の食事。結婚と恋愛に寄ったテーマで友人に話を聞く娘。どんどん耳年増になっていく。
友人の話とシンクロするように窓越しに見える空はかき曇り、やがて海と空の境がないほど灰色に。
テディズ・アイスクリームを食べさせてあげたかったけど諦めて、デザートにアイスクリームを取ってゆっくり食べる。

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そのうち太陽が戻ってきて、外へ出たら海が紺碧に輝いていた。

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ダン・レアリーは、ダブリン中心部からDARTという電車で25分の海辺にある高級住宅地で、昔は港町として栄え、ロイヤル・マリーン・ホテルという高級ホテルには英国王室も泊まったとか。
私にはもったいない、こじんまりとして上品な街で、ダブリン市街から帰ってくるとほっとする。
友人も気に入ったようで、何度も「いいところだね」と言っていた。
彼にも大雨の過去はあるけれど、いまはとても軽やかで人生を楽しんでいる風情。
海辺には移動式遊園地が出現し、アイスクリームやフィッシュ&チップスの屋台も並んで、八月を待ち構えているよう。

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2kmくらいはありそうな半円に弧を描く埠頭の先まで歩いてみたら、だんだん夕陽が沈んできて、海鳥は最後のごはんを捕まえて巣に帰っていく。
そうか、ダン・レアリーはアイルランドの東側、アイリッシュ海に面しているから夕陽は見られないと思っていたけど、ここまで来れば水平線まではいかなくても見えるのか。

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「旅の最後に、気持ちのいい場所で夕陽が見られてよかった」と友人。「映画のエンドロールが流れてきそう」と。
降ったり、晴れたり。
繰り返しながら、人生は進む。

 

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